【黒子本丸話】 厨の暴れ龍

「おい。」
「はい、あとでお願いします」
「おい。包丁はそう握りこむ物じゃない」
「へっ?」

打刀・大倶利伽羅が顕現した祝いにと、厨で歓迎の食事を作るべく、大根と格闘していた黒子審神者は。
戸口から声を掛けた大倶利伽羅の声に、ようやく顔をあげた。

基より刃物は、刀身を柄に挟んで刀身の重さで斬る、刀やなたのようなものと、刀身に指先を添えて腕の力で刻む小柄こづかや包丁のようなものに大別される。
打刀の鞘には小柄が添えられることも多かったから、大倶利伽羅にしてもそのくらいの心得はあった。

「どけ」
「えっ、あの……私、大倶利伽羅さんにお供えするために……」
「いい。あんたの指が切れるまで待つつもりはない」

流れる様な手際で手袋を外すと、ぎこちなく大根の皮をむく手をつかんで留める。危うかった手から包丁を取り上げると、かまどを指して黒子をどかす。
刃先を使い、根元から3分割した大根をくるりと桂剥きしてみせた。

「慣れ合うつもりはないが、ろくに出来ない事を無理強いするつもりもない。さあ、何を作るか言え」
「え……っと。あの、その、最低限の調理しかできないので、ご飯と、卵焼きと、菜物と、味噌汁を……作ります」
「米炊きと玉子焼きはあんたが作れ。味噌汁と菜物は俺が手を貸す」
「おっ、やっちょるな!」
「おや、主君! それに大倶利伽羅さん、お揃いですね?」

ひょいと戸口に顔を出したくせ毛の頭と、制帽を被った小柄な頭が、揃って声を掛けた。

「あ、陸奥守さん、前田さん」
「おい。あんたら、主に料理を振る舞われたか」
「おう! いっとう最初に、召し上がれ~ゆうてな!」
「はい。ですが主君、よろしいのですか? 手づからの料理だと仰せられていましたが。お手伝いをしてもよいなら、僕は喜んで致しますよ」
「四十何振ぜんぶに手料理を振る舞う気か。その腕前では指を落とすぞ。前田藤四郎、湯沸し位は手伝ってやれ。陸奥守吉行、なんであんたは手を貸さない」
「はい、喜んで!」
「刀ばかりをこじゃんと集めたって、扱えんがやしゃあないぜよ」
「あの……ごめんなさい、料理は私、しないままで来たので……慣れてなくて、ごめんなさい」
「謝罪は必要ない。あんたの血の味のする食事を求めるつもりもない。いいか」

一呼吸を置いたのは、黒子審神者の為だったか、大倶利伽羅自身の為だったか……。それは、大倶利伽羅の胸に仕舞われることになったが。

「まず、基本だ。刃物の持ち方扱い方を覚えろ。手料理はそれからだ」

初日のこのふるまいから、その後長らく、黒子本丸の厨は暴れ龍が仕切る竜の巣となったのだった。

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